ユニバーサルな社会の実現を目指して
ユニバーサルな社会の実現を目指して
立命館大学に通う藤枝樹亜さんは、学生団体『feel』を立ち上げ、『バリア体験型カフェ』という福祉領域の事業を行っている学生アントレプレナーです。彼女自身、病気が原因で車いす生活を余儀なくされながらも、持ち前のバイタリティで精力的に活動を続けてきました。大学1年次からアントレ教育のプログラムを受講し、自らの活動に生かしている藤枝さんに、現在の活動やアントレプレナーシップを学ぶ意義について話を聞きました。
13歳のときにウイルス性の病気に罹って下半身麻痺になり、それ以来、車椅子生活を送っています。今はまったく平気なのですが、当時は外出の際に車椅子に乗っている自分に対する周囲の視線が気になってしまい、中学校に通う以外はほとんど家に引きこもっている時期もありました。でも、そうした私を見かねた周囲の友人たちが頻繁に外出に誘ってくれたおかげで、自然と克服することができました。良い友達に恵まれていたんだなと思います。
高校時代は勉強だけでなく、生徒会長として体育祭や文化祭を盛り上げたり、TEDxプログラムというカンファレンスに登壇したりするなど、課外活動に力を入れていました。もともとリーダー気質ではあったのですが、モチベーションの源泉は車椅子生活にあります。車椅子に乗っていると、掃除をしたり、体育に参加したり、みんなが当たり前にできることができず、“できない”ことに自分の目が向いてしまいがちです。しかし、「できないことによって“マイナス”があるなら、できることによって大きな“プラス”を作りたい」という思いが自分の中に強くあり、様々な活動に取り組むことで、自分に向いていることを模索してきました。
現在は、『feel』という学生団体を立ち上げ、「ユニバーサルな社会を作る」というビジョンの下で、「バリア体験型カフェ」を運営しています。「バリア体験型カフェ」とは、障がいを抱える方が日常の中で感じるさまざまな障壁や課題を「バリア」として捉え、飲食を通して健常者が体験するプロジェクトです。
例えば、車椅子の利用者が熱々のコーヒーを持ちながら車椅子を漕ぐことはリスキーであり、たとえドリンクホルダーがついていてもこぼれる可能性があります。また、白内障を患っている方にとって、会計の際に財布からお金を出すこと自体が難しいことは、意外と知られていません。触った感覚で100円硬貨なのか10円硬貨なのかを判断しなければならず、時間がかかってしまって後ろに行列ができ、ストレスを感じてしまうそうです。
こうしたいつもと異なる状態で注文や飲食を体験してみることで、障がい者の世界の一端を理解できます。人によって“当たり前”が異なることを認識すると、意識が変わります。この変化が最終的には行動を変え、ユニバーサルな社会を築く手助けとなる可能性があると信じています。
バリアを体験された方は、総じて障がい者の苦労を理解してくれます。それは想像の範囲内だったのですが、意外だったのは、「できない」ことを分かってくれる一方で、「この状態ならこれはできる」と「できる」ことにも理解が及んだ点です。以前、車椅子を坂の下から漕いでもらい注文をしてもらったことがあったのですが、「しんどいな」と感じる方もいれば、筋力のある人にとっては余裕だと感じることもありました。できないことだけでなく、できることもわかるようになると、障がいへの解像度が高まります。
例えば、ある方は、以前は街中で他人が困っている場面に遭遇した際、その人がどのようなサポートを望んでいるのか、それまでは声のかけ方が分からなかったようなのですが、「自分が同じ状況に置かれた場合にこういった助けがほしい」という気持ちが理解できたことで、積極的に声をかけてみようと思ったそうです。
このプロジェクトを通じて、私の中でも新たな気づきがありました。実は、7年以上も車椅子に乗っていると、自分が何に困っているのか分からなくなるときがあります。もちろん、段差がバリアになっているのは自覚しているのですが、それに不満を言ってもどうしようもないことだと半ば諦めてしまっていて、「困っていることは何ですか?」と聞かれたときにとっさにそれが出てこないんです。「バリア体験型カフェ」の体験を通じて健常者の方が「ここって変えないといけないよね」と感じてくれることで、私自身も自分が無意識に諦めてしまっているバリアに改めて気づくことができました。
『feel』の活動は、これまで受けてきたアントレプレナーシップ教育の延長線上にあると思っています。立命館にはRIMIX(Ritsumeikan Impact-Makers Inter X〔cross〕 Platform)という、社会への価値創造を行う人たち(Impact Makers)への支援プラットフォームがあります。その一環としてアントレプレナーを育てる「立命館大学EDGE+Rプログラム」を実施していて、私は1年生のときに受講しました。このプログラムでは体系化した3種類の「デザイン」の手法を学びながら、新たなビジネスプランを創造するグループワークを行います。学びとして印象深かったのは、「システムデザイン」の概念です。以前はデザインと聞くとイラストなどの狭い意味でのデザインを想像していたのですが、ここでは社会の構造やシステムを構築することもデザインだと捉える新しい概念を知りました。ここで学んだことは、ビジネスコンテストのアイデアを考えるときや、『feel』の活動などにも応用しています。
EDGE+Rは、まだやりたいことが決まっていない私にとってモヤモヤを形にしてくれた場所であり、同時に多くの仲間ができて、とても有意義なプログラムでした。これからもアントレプレナーシップを学び続けていくや、大学が提供する機会や環境を活用していくことで、自分が困っていることを解決するチャンスが広がると考えています。
アントレプレナーシップを醸成できれば、能力の高さに関係なく、困っていることがある人、欠けている部分がある人でもそれが逆に強みとなって活躍できるはずです。私の場合は自分を含めて車椅子生活を強いられている方々の日常を改善したい、ひいてはユニバーサルな社会を実現したいという思いが、行動の原動力となっています。まだ起業もしていないのに、「すごい」とか「私には真似できない」と言われることがありますが、自分なりの視点を大切にして行動しているだけで、特別な能力があるとは思っていません。自分らしさを生かせれば、すごい人間でなくても輝けると信じています。
もし、アントレ教育を受けてみようか迷っている方がいるとしたらこう言いたいです。「車椅子の私でも今のところなんとかなっているので、五体満足なあなたにできないわけがありません」。私も失敗が怖くないといったらうそになります。でも、失敗はいつか絶対に生きてくる。それに、二十歳そこらの学生が失敗したところで大したことはありません。「かすり傷作っとくなら今やで」という精神で、これからも前に進んでいきたいです。