多様な生き方をする大人たちとの
出会いが、自分の価値観を変えてくれた
多様な生き方をする大人たちとの
出会いが、自分の価値観を変えてくれた
今井悠介さんは、低所得家庭の子どもの支援活動を行う、公益社団法人チャンス・フォー・チルドレンを立ち上げた社会起業家です。自身はアントレプレナータイプではないと言う今井さんが、なぜ10万人以上の子どもたちを支援してこられたのか。活動の根底に流れる思いを、原体験を振り返りながら語っていただきました。
チャンス・フォー・チルドレンは、家庭の経済格差による子どもの教育格差を解消し、貧困の世代間連鎖を断ち切る支援活動を行っています。具体的には、経済的な理由から学校外の学びにアクセスできない子どもに対して、塾、スポーツ、文化芸術活動、自然体験、といった学校外の活動の際に利用できる『スタディクーポン』を無償提供し、子どもたちが自由に学べる環境を作っています。また近年は、子どもの体験奨学金を通じて「体験格差」の解消にも取り組んでいます。さらに、支援が必要な子どもたちに対して、学生ボランティアが面談を行い、学習面や生活面の相談に乗ったり、サポートするという活動にも取り組んでいます。
子どもの支援活動との出会いは、大学入学時まで遡ります。当時、新入生だった私はサークルを探していたなかで、たまたま、青少年を支援するNPOの方に出会いました。その方の誘いで子どもたちのキャンプを手伝った際に、自分が誰かに必要とされるという経験をし、初めて自分の居場所ができた感覚を覚えました。それがきっかけとなってそのNPOに参加するようになりました。
NPOの活動の一つに、不登校の子どもたちへの支援がありました。じつは過去に、仲の良かった幼なじみが突然、不登校になったことがあり、不登校にはなんとなく関心がありました。不登校の子どもたちは様々な問題を抱えていることがあります。それは本人の力ではどうにもならない問題で、たまたま学校の環境が合わなかったり、家庭の事情もあるなどして、学校に居場所がない。学生時代にそうした子どもたちと触れ合う時間が多かったのが、いまの活動のベースになっています。
当時の言葉で、とても印象深いものが二つあります。引きこもりの方たちと一緒に、青年の家でワークキャンプをしたときのことです。そこで出会った、同世代の若者たちの状況に衝撃を受けました。何年も人と触れ合っていないせいか、顔の筋肉が衰えてしまって表情がないんです。それまで、不登校の子どもたちとは関わってきましたが、社会とのつながりを失った状態が続いた同世代に出会う機会は初めてでした。そのとき、青年の家の職員の方からこう言われました。「彼らは社会から消されてしまって、完全に忘れ去られてしまっている。君がここで出会ったのは何か意味があるかもしれない。普通に働いて生きていると、彼らに出会うことはないんだ」。「社会から消されている」という言葉は、自分の心に重くのしかかってきました。
もう一つが、NPOの理事長から言われた言葉です。自分の将来について話を聞いていただいている中で、「もしNPOを立ち上げる日が来るとしたら、それは“圧倒的なニーズ”に出会ったとき。でもそれは来ないかもしれない。来なければ、そのときいる場所でもできることは必ずある」という言葉をもらいました。当時、すでに民間の学習塾への就職が決まっていましたが、会社に所属しながらでもできることはきっとあると、勇気づけられました
学習塾では、何もないところから教室を立ち上げ、生徒を増やすという、新入社員への課題があったのですが、自分が声をかけて入ってもらった母子家庭のお子さんが、結局、月謝を払えず辞めてしまった。そのとき、「普通に働いて生きていると、彼らに出会うことはない」というあの言葉の意味がよく分かりました。学習塾での学びの機会は、生きづらさを抱えている子どもたちにも届けられるのか。そうした疑問を抱えていたときに、東日本大震災が発生しました。
「もしかしたら、自分の時間も終わっていたかもしれない」と考えると、「いつか何かしたいな」という曖昧な気持ちのまま就職をしていた自分を後悔しました。この震災によって、困難の中で生きづらさを抱える若者が出てくるだろう。彼らのために何かしたい。その思いから、仲間と一緒に、東北の地でチャンス・フォー・チルドレンを立ち上げました。2011年6月のことです。
9月から『スタディクーポン』の募集を開始すると、電話が鳴りやまず、応募の書類でポストがつぶれるのではないかと思うほどの反響で、150人の定員に対して1700件の応募がありました。皆さんから「本当にこういうことが必要だ」ということを言っていただいて、“圧倒的なニーズ”のある活動だと感じました。しかし、そこから資金の壁にぶつかります。当時は戦略もなく勢いで立ち上げたため、支援するためのお金が足りない。経済誌に載っている企業のCSR窓口に片っ端から電話をかけたり、手紙を書いたり、地道な活動を続けました。
そのころ、社会起業塾イニシアティブという、創業期の社会起業家を支援するプログラムに参加しました。起業塾ではメンターの先輩起業家から徹底的に問われ続けます。「あなたは子どもたちに何を届けたいの?」「いまの活動で貧困の連鎖を止められるの?」、自分たちが登る山はどのような山で、何をしたいのか。緻密な戦略もなく立ち上げていたため、改めて自分たちが目指す社会像や、そのためにやるべきサポートなどを掘り下げ、自分たちの軸を形成していきました。資金集めに関しても、地道に電話をかけるだけでなく、寄付者の属性を分析するなど戦略的に事業を作っていくように改善していきました。
私はもともと、アントレプレナーシップにあふれたタイプではありませんでした。出会った課題に対して、その都度、自分ができることを考えながら進んできた先に、いまの自分があります。子どものころからやりたいことがあったわけではなく、多様な生き方をする大人たちと出会った経験が、自分の価値観を変えてくれました。ただし、「体験格差」という言葉があるとおり、生まれた環境や家庭の経済状況によって、出会いの機会も限られてしまいます。個人の努力だけでなく社会の仕組みとして、若者や子どもたちと大人との接点をいかに作っていくかを、考えなければならないと思います。
振り返ると、いまの生き方を選択して良かったと思います。行きたい道を、自分で選べる。人生を、生き方そのものを、自分で操縦できている。そういう実感があります。アントレプレナーシップを学ぼうと考えている学生の皆さんには、自分が一番自分らしく生きられる道を選択してほしいです。まさに私が学生時代に言われた言葉そのままなのですが、どのような環境に所属していても、そこでできることは絶対にあります。企業に所属していようと、独立してやっていようと、思いを持って信じる道を行けば、自ずと道は拓けます。自分らしい道を歩んでほしいです。