私のアントレプレナーシップ 松尾 一輝 私のアントレプレナーシップ 松尾 一輝
私のアントレプレナーシップ インタビュー
#15
社会課題に取り組む
松尾 一輝
Kazuki Matsuo
株式会社EX-fusion 代表取締役

世界を変えうる技術に、自然体で挑む

松尾一輝さんは、核融合発電という、人類のエネルギー問題を根本から解決しうる革新的な技術の社会実装に挑むアントレプレナーです。カリフォルニア大学で研究者として活躍するさなかに、日本で2021年に大阪大学発スタートアップ「EX-Fusion」立ち上げました。松尾さんが取り組むのは、レーザー方式による核融合発電。高出力レーザーと重水素を用いて核融合反応を引き起こし、莫大な熱エネルギーを生み出すという仕組みです。そんな開拓者精神あふれる松尾さんに、核融合に懸ける思いや、アントレプレナーシップへの考えを伺いました。

●世界のエネルギー問題を根本から解決

弊社の事業は、大きく分けて「レーザーフュージョンによるエネルギー革命」と「新たな産業の創出」の2つを軸としています。

まず「エネルギー革命」についてですが、これはレーザーを用いた核融合反応によって電力を生み出す核融合発電を指します。将来的には、海水中に豊富に含まれる燃料を活用することで、実質的に枯渇することのない持続可能なエネルギーを日本、そして世界に安定供給することを目指しています。

核融合発電には、既存の原子力発電や火力発電にはない多くのメリットがあります。例えば、二酸化炭素を排出しないため地球温暖化対策に有効であり、放射性廃棄物が少なく、長期間の管理も不要です。こうした特長から、核融合発電は地球規模のエネルギー問題や気候変動の解決に大きく貢献し得る技術として注目されています。

もう一つの柱である「産業の創出」とは何か。それは、レーザーフュージョンが「究極の光技術」とも呼ばれるように、極めて高度な光制御技術を必要とする分野であることに由来します。私たちはこの最先端技術の探究を通じて、長期的にはフュージョンエネルギーの実用化に貢献しつつ、短中期的にはその過程で得られるレーザー技術を応用し、レーザー加工や宇宙関連事業といった新たな産業領域への展開を図ります。こうした取り組みによって、新たな産業を創出し、企業としての収益化を実現していくことを目指しています。

私たちは、2030年に発電技術の実証を行うことを基本方針として掲げています。日本政府が2024年4月に策定した「フュージョンエネルギー・イノベーション戦略」では、2030年代の発電実証を国家戦略として位置づけており、我々の方針とも一致しています。

そのため、2030年までは主に、核融合発電に必要な各種コンポーネントの開発や、ある程度の規模での統合的な技術実証に取り組んでいきます。そして2030年以降、本格的な発電炉の実現を目指していく計画です。

なお、発電炉が完成するまでは、当然ながら電力を販売して収益を上げるといった「発電事業」はまだ行えません。だからこそ、その前段階として、レーザー技術を軸に新たな産業を創出していくことが、当面の重要なミッションだと捉えています。

松尾 一輝 インタビュー

●人類全体にとって意義あるテーマに挑みたい

核融合の研究を選んだのは、ある意味“消去法”です。私の場合、まず「研究者になりたい」という思いが先にあり、「何を研究するか」は後から考えました。せっかく研究者になるのであれば、社会や人類にとってインパクトの大きいテーマに取り組みたい。そう思っていくつか候補を挙げました。

一つは、「人の寿命を延ばす」こと。もう一つは、「人の生活圏を広げる」こと。たとえば、月や火星への進出といった宇宙関連のテーマです。そして三つ目が、「無尽蔵のエネルギー」を生み出すこと、つまり核融合でした。

最初の「寿命を延ばす研究」は、生命倫理の問題が非常に複雑で、研究以外のところで時間を取られそうだと感じました。次に「宇宙」については、正直なところ、私は地球に住み続けたいと思っていたので、あまり惹かれなかった。そうやって選択肢を絞っていった結果、最終的に残ったのが「無尽蔵のエネルギー」、すなわち核融合です。

●応用範囲の広い“レーザー方式”を選択

核融合には、大きく分けて「磁場閉じ込め方式」と「レーザー方式」があります。レーザー方式はどちらかというと“本流”ではなく、取り組んでいる研究者もまだ少ない分野です。そんな中で私がレーザーを選んだのは、レーザー技術が応用範囲の広い分野であり、研究者として将来性があると感じたから。そうした実利的な観点から、レーザー核融合の研究に取り組むようになりました。

ただ、やっていくうちに、だんだんと愛着が湧いてきたというか、純粋に「面白い」と感じるようになりました。

エネルギーというものを人間がどう扱ってきたかを考えると、そもそも私たちはエネルギーの“形”を変えることで、それを利用してきた歴史があります。最初は火で熱を得るところから始まり、次に蒸気を発生させて蒸気機関を動かすようになり、やがてタービンを回して電気をつくるようになりました。そして現在では、レーザーという「光の技術」を扱えるようになった。これはまさにエネルギーの形態を変化させながら活用してきた流れそのものです。

ただ、エネルギーには変換効率があり、火、蒸気、光(レーザー)と段階を経るごとにどうしてもロスが生じ、エネルギー量は少しずつ減っていきます。そんな中で、レーザー核融合というのは、光(レーザー)で熱を生み出し、それをもとに核融合を起こし、最終的には何百倍ものエネルギーとして返してくれる。これって、今までひたすら“減っていく”ばかりだったエネルギー変換の流れの中で、初めて“増えて返ってくる”仕組みなんですよね。人類が初めて手にする“永久機関”に近いとも言える。そこに、ものすごく美しさを感じました。「このサイクルは閉じる」と、そう思ったんです。

松尾 一輝 ポスドク時代

●海外での経験から得られた気づき

大学4年生のときに本格的にレーザーの研究を始め、大学院、修士、博士と進学しました。博士課程を修了後は、アメリカのカリフォルニア大学で研究者として勤務することになりました。実は博士課程在籍中にも、日本学術振興会の若手海外挑戦プログラムで同大学に研究留学しており、そのときにお世話になった教授から「ポスドクのポジションが空いている」と声をかけていただいたのがきっかけです。

この海外経験を通じて得たものは、大きく二つあります。

一つは、「アメリカも日本と大きくは変わらないと」思えたこと。アメリカでも日本でも、取り組んでいる研究の本質は変わらず、環境が違ってもやっていることは本質的に同じだということに気づきました。アメリカだから特別すごい、というわけではなく、研究というのは本質的に“世界共通の言語”だと実感できたんです。

もう一つは、アメリカには核融合のスタートアップが数多く存在していたことです。私が所属していた研究室でも、そうした企業と共同研究の話があったり、実際に中に入って手伝ったりする機会もありました。そうした現場を間近で見ているうちに、「あれ、これって日本でもできるんじゃないか?」と思うようになったのです。アメリカでは起業が特別なことではなく、研究を実現するための“選択肢の一つ”としてごく自然に受け入れられていた。そんな姿勢に触れて、「起業は特別なことではない」と感じるようになりました。

核融合を実現するうえで、それが最適な手段であるならば、研究者が起業するのも全然おかしな選択ではない。そう思えたことは、私にとって大きな経験だったと思います。

カリフォルニア大学で研究者として働いていた際の写真
カリフォルニア大学で研究者として働いていた際の写真

●核融合実現への最短ルートが起業だった

日本でレーザー核融合を実現するためには、どう最適化すべきか――。当時の私は、「アメリカで成果を出してから逆輸入するしかないのでは」と考えていました。つまり、「アメリカでこれだけ結果を出したんだから、日本でもやらせてくれ」という流れをつくる以外に、日本で核融合に取り組む道は難しいのではないかと感じていたんです。だからこそ、しばらくはアメリカに残るつもりでいました。

そんなときに転機が訪れました。起業する半年ほど前、私の指導教員でもある大阪大学の藤岡教授から、「核融合のスタートアップに投資をしたいという投資家がいるらしいけど、どう思う?」と尋ねられたのです。

「どう思う?」と聞かれたからには、自分なりの答えを出さないといけない。そう思って真剣に考えているうちに、「こういう選択肢もアリなんじゃないか」と思うようになりました。アメリカにいて、スタートアップに関わる機会があったことも影響していたと思います。最終的には、「日本でレーザー核融合を最速で実現する」ことがゴールであるならば、その過程はあまり重要ではない。そう考えるに至って起業を決意しました。

●アメリカではなく日本で起業した理由

「Why Japan?」という質問は、ほぼ必ず聞かれます。

私が日本で起業した理由はいくつかありますが、まず一つは、核融合研究の性質に関係しています。核融合にはいくつかのアプローチがありますが、その多くは“物理の研究”です。どうすれば効率よく核融合反応を起こせるのか、という基礎的な問いに取り組むもので、私自身もこれまでずっとその分野に関わってきましたし、アメリカでもそうした研究を続けていくつもりでした。ただ、あるときふと、「この分野って、そろそろ最適解が見えてきそうだな」という感覚を持ったのです。ある程度“やりきれる”領域なのではないかと。

一方で、「発電」という実用化を目指す段階に進もうとすると、求められるのは物理というより装置開発なんです。つまり、ものづくりの話になる。発電炉を動かすには、そもそもハードウェアを実際につくらなければならない。そう考えたときに、「果たして誰が、継続的に成果を出し続けられるのか」と思い至り、であれば自分がやるべきなのではないか、と感じるようになったのです。

さらに、日本という場所の強みも大きな決め手でした。核融合技術、とくにレーザー核融合というのは、一つの技術で完結するものではなく、光学、材料、精密加工、制御、そしてサプライチェーンなど、あらゆる技術の統合で成り立っています。 日本はまさに、そうしたものづくりの土壌が非常に強く、材料や部品はすべて国内で揃います。だからこそ、「一定の資金が集まれば、海外に依存せず、日本のプレーヤーと連携して最速で開発を進められる」という手応えがありました。国際的にも十分に勝負できると思っています。

また、核融合炉の建設には一般に4,000億円〜1兆円ほどかかるとされています。そんな規模のものをスタートアップがやれるのか?と思われるかもしれません。ただ、レーザー核融合であれば、可能性はあります。

というのも、レーザー核融合は、一つの小さな炉に対して同じレーザー装置を何百台も並べて稼働させる仕組みです。たしかに最終的には数千億円規模になりますが、初期段階では「1本のレーザー装置」「制御システム一式」「ターゲット供給装置1台」など、小さな構成から始められます。スタートアップとして必要な資金を集め、国内のプレーヤーと連携すれば、最速で開発を進めていける構造になっているのです。

その後の量産フェーズは、また別の企業やパートナーと協力すればいい。そういう全体像が見えたとき、「これは日本でこそやるべきではないか」「自分がやってみたい」と思うようになったのです。

松尾 一輝 ポスドク時代2

●人は自然と開拓するようになっていく

アントレプレナーは「育てられる存在」だと、私は思っています。というのも、結局のところ鍵になるのは、どれだけ選択肢の広さを知っているかという点なんです。

実際、起業してみるとわかるのですが、基本的なこと――いわゆるベーシックな知識を教えてくれる人は、意外と少ないんですよ。一方で、マインドセットとか志の立て方とか、そういった“心構え”はたくさん語られています。しかしそれは、人によって向き不向きもあるし、正解があるわけでもない。だから、必ずしも教えられる必要はないと感じています。

それよりも、起業や挑戦に必要な基本的な知識やノウハウについては、確実に「効率のいい方法」があるはずで、それを誰かが体系立てて教えてくれれば、多くの人にとってハードルはぐっと下がるはずです。そして、そうやってハードルが下がれば、「ちょっとやってみようかな」「自分にもできるかも」と思える人が増える。つまり、一定程度のマインドは環境次第で育てることができるのだと思います。

それに、「やろうと思ってやったわけじゃないけど、気づいたらやっていた」という人もいると思うんです。私自身がそのタイプで、「起業したい」と思っていたわけではなかったのに、気がついたらその立場にいた。そういう意味でも、“アントレプレナーになる”というのは、なろうとするものでもあり、なってしまうものでもあると思います。

だからこそ、教育の力でできることはあると信じています。たとえば、「世の中にはこれだけの選択肢がある」と伝えること、「起業は決して特別でも変でもない、ごく自然な選択肢のひとつだ」と示すこと、そして、挑戦するためのベースとなる知識や方法論をしっかり伝えること。そうすれば、人は自然と“開拓する人”になっていく。あるいは、気づかないうちに“しちゃう”ものなんじゃないかと、私は思っています。

松尾 一輝 インタビュー風景2

●人生の最終目標をかなえるためにも

もともと私は、「なるべく何もしないで暮らしたい」と思っているタイプの人間でして、できれば人とあまり関わらず、本を読んだりしながら静かに生きていけたら理想だなと、昔から思っていました。そういう意味で、実は昔から「仙人になりたい」と言っていたんです。大学時代には、将来仙人として暮らすために「山を買わなければ」と考えて、アルバイトでその資金を貯めていたこともありました。実を言うと、私の人生の最終的な目標は、今でも「仙人になること」です。いろいろ経験して、またそこに戻っていきたいという気持ちがあります。

そのためにも、まずは核融合を実現しなければなりません。それができれば、きっとある程度の資金も手に入ると思うので、念願の山も買えるんじゃないかと。人生の目標は、核融合を実現しないと達成できない。だから今はただ、その山を登り続けている、という感覚です。

●「悩む」は「動けていない」ではない。すでに踏み出している証拠

「一歩踏み出せない」と感じている方も、実はすでに踏み出しているのではないかと思うんです。何かをやろうと悩んだり、考えたりしている時点で、もう心は動いているし、ある意味“はみ出して”いる。だから、「悩んでいる=動けていない」とは限りません。むしろ、その悩みの中にいるということは、もう十分に動き出している証拠だと思うんです。あとは、その状態を受け入れて、悩み続ける中で、自分なりの最適解にいつかたどり着けると信じて、進み続ければいい。「まだ一歩踏み出せていない」と感じる必要はなく、すでに踏み出していますよ、ということをお伝えしたいです。