私のアントレプレナーシップ インタビュー
#9
社会課題に取り組む
ギル マロ
Maro Gil
株式会社SAZO 代表取締役CEO

留学先で人生が一変。仲間とともに学生起業へ

韓国で生まれ育ったギル・マロさんは、高校卒業後に留学生として来日し、名古屋工業大学へ進学しました。そこで出会ったアントレプレナーシップ教育がきっかけとなり、2023年に学生起業へと至ります。現役大学生として勉学に励みながら、スタートアップの経営者として、慣れない異国の地で事業を行うギル・マロさんに、人生を変えたアントレ教育についてお話しいただきました。

●AI×ECサイト。誰でも簡単に海外からモノが買える時代に

昨年、株式会社SAZOを創立し、今年からECサイト「SAZO」を本格的に立ち上げました。SAZOは、海外ECサイトの商品を購入する際に、日本のECサイトで購入するのと同じ感覚で購入できる“越境ECプラットフォーム”です。現在は私の母国である韓国のECサイトに集中し、韓国コスメ、アイドルグッズ、雑貨などを中心に展開していますが、ゆくゆくは世界のECサイトでも商品を買えるよう広げていく計画です。

このサービスを思い付いたのは、自身の体験がきっかけとなっています。子どものころからプログラミングやパソコンを自作するのが趣味で、いちユーザーとして海外のECサイトからパーツを取り寄せていました。ただ、プロセスが煩雑で、代行業者を通さないと発送できなかったり、購入した商品が税関で止まったりと、不便を感じていました。しかも、ほとんどが後払いで、想定以上にお金がかかってしまうことが多々ありました。こうした不便さを、AIを駆使して解決できないかと考え、開発したのがSAZOです。最大の特長は、関税や送料を自動計算し、日本のECサイトで買い物をするような手軽さを実現したことです。

●留学先の名古屋工業大学でアントレに出会う

日本に興味を持ち始めたのは小学生のころです。韓国では日本のアニメが大流行していて、アニメを見ていないと友達と話が合わなくなるくらい、クラスメイトのほとんどがアニメファンでした。このような環境であったため、いつか日本に留学したいと、自然と思うようになっていました。転機は高校3年生のときに訪れます。偶然、先生から聞いた、日韓共同理工系学部留学生プログラムという留学補助制度を利用して、名古屋工業大学へ進学できることになりました。

しかし、大学1年生のときはちょうどコロナ禍で、授業は全てリモートでした。仕方なく1年ほど休学して兵役のために韓国に帰り、昨年から復学しました。そこで出会ったのが、名古屋工業大学起業部の「NaSH」です。新入生歓迎会で聞いた先輩起業家の経験談がおもしろく、興味が湧いて入部を決意しました。当時は自分が将来、起業することになるとは思ってもいませんでしたが、起業した先輩が身近にいるだけで、「自分もやれるのではないか」と勇気が湧いたのを覚えています。

NaSHでの最初の活動は、「Tongali」というアントレプレナーシップ教育起業支援プログラムが主催する、ビジネスコンテストへの出場でした。最初は先輩のチームに入ろうと思ったのですが、すぐに枠が埋まってしまったため、自ら仲間を集めてチームを作りました。準備期間はわずか2カ月。先生や先輩たちの助けを借りながら仲間とともに準備を進めました。そのころはアントレプレナーシップという言葉すら知らなかったのですが、今思えば、あの経験が最初に受けたアントレ教育だったと思います。

2ヶ月後に行われたコンテスト本番では、SAZOの原型のようなサービスを発表しました。結果はなんと優勝することができました。そこからは怒涛の日々です。「STATION Ai」というスタートアップ支援拠点の方に誘ってもらい、3カ月間の短期集中プログラムを受けることになりました。このプログラムを通して、会社の作り方、資金調達の方法などを学び、実際にベンチャーキャピタルの方にピッチをする機会もいただきました。それと並行して、Tongaliのビジネスコンテストで決勝に進んだチームが受講できる、「リーンローンチパッド名古屋」という、実践型のプログラムも受けました。こちらはコンテストで発表した事業のブラッシュアップが主な内容でした。

●周囲の助けを得ながら困難な状況を乗り越える

その間、資金調達も行い、2023年10月に株式会社SAZOを設立しました。ただし、外国人の留学生が日本で起業するのは簡単ではありませんでした。最大の壁はビザの問題です。今の日本の制度では、留学生が起業するには学校を辞めなければいけません。でも私は起業に挑戦しつつ、大学もしっかり卒業したかった。そうした困難な状況のなかで、愛知県の職員の方が助けてくれました。愛知県には『スタートアップビザ』という、外国人の起業を支援する制度ができたばかりだったのです。この制度を利用するため、県の職員の方が尽力してくれて、晴れてスタートアップビザを取得し、創業することができました。ただ、そのスタートアップビザも6カ月で切れてしまい、その後、経営管理ビザが下りるまで活動できない期間が3週間もありました。

一方で、「ただでさえ海外から来て慣れない環境なのだから」と助けてくれる優しい方が周囲にたくさんいたことも事実です。県や市の職員の方たちには本当に手厚く支援していただきましたし、大学やTongali、STATION Aiも、留学生の私に惜しみなくアントレ教育を施してくれました。

私が参加したアントレプログラムでは、年齢の近い先輩起業家からアドバイスをもらえたのが非常に有難かったです。私が直面している悩みは、先輩たちが経験しているため、アドバイスの再現性が高い。このような先輩たちに、気軽に相談できる環境はとても貴重だと感じました。

●冷や汗をかく場所にいく

心に残っている先輩からのアドバイスがあります。それは「社長は冷や汗をかいた分、成長する」という言葉です。あるとき、その先輩から突然誘われ、食事会に連れていってもらいました。そこで同席していたのは、なんと金融会社の会長さん。冷や汗どころか、緊張で手が震えて食事がのどを通りませんでした。しかし、このようなしびれる経験を通じて、どんな場にも臆せず飛び込めるようになりました。その後、年上のエンジニアの方が集まる場に飛び込みで参加し、そこで直接SAZOの採用につながったこともあります。

●青春を謳歌したいならアントレ教育に触れよう

私は昔から起業家になりたかったわけではありません。ただ、仲間と一緒にわいわいやりながら目標に向かって活動することが楽しくて、NaSHの活動にのめり込みました。仲間と苦労をともにしながら、長期間にわたって一つのことに集中して取り組むという経験が、私にとっては初めてのことでした。自分一人ではここまで来ることはできなかったと思います。支え合える仲間や背中を押してくれる先輩がいたからこそ、興味本位ではじめたことでも、最終的には起業にまでたどり着けたのだと思います。アントレ教育を通じて、かけがえのない仲間を得られたことが、私にとって一番の収穫です。

「アントレプレナーシップ教育」と聞くと、一見難しそうに思えるかもしれませんが、青春を謳歌したいなら、アントレ教育を受けるのが一番です。まだまだアドバイスできる立場ではありませんが、仲間を大事にし、まずは何でも挑戦してみることが大切だと伝えたいです。分からないことがあれば、周りの大人たちに積極的にアドバイスを求め、「助けてください」と正直に言うことが重要です。聞きづらい気持ちも分かります。でも、そうした行動が私にとっては大きな意味を持ちました。

今後の目標は、SAZOの事業をさらに成長させることです。自分の作ったサービスを他の人が使ってくれることに、私は大きな喜びを感じます。最近聞いた話のなかで共感したのは、先輩起業家が「一番うれしかった瞬間は、アパートの段ボール置き場で自社のダンボールを見つけたときだ」と言っていたことです。SAZOにもロゴが入った箱があるので、私も同じような状況に巡り合いたいと思っています。そのためにも、SAZOを誰もが知っているサービスに育てたいです。

株式会社SAZOのメンバーたち