私のアントレプレナーシップ インタビュー
#7
社会課題に取り組む
橋爪 海
Kai Hashizume
株式会社Booon 代表取締役CEO

エコ×機能性。“昆虫飼料”で日本の養殖業者を救いたい

長崎大学で学んだアントレプレナーシップ教育がきっかけとなり、大学在学中から起業を経験した橋爪海さん。現在は、自身3社目の起業となる長崎大学発のスタートアップ・株式会社Booonで、飼料の価格高騰に苦しむ魚の養殖業者に向けた、新しい飼料の研究・開発を進めています。養殖事業者の課題解決に取り組む若きアントレプレナーに、事業にかける思いや、アントレプレナーシップの大切さについて話を聞きました。

救世主は昆虫。魚粉に替わる飼料を発見

株式会社Booonでは、食品を利用しミルワームという昆虫を育て、そのミルワームを原料とした魚の養殖飼料を開発しています。この事業を始めた背景には、一般的な魚の養殖飼料の原料である魚粉の価格高騰が関係しています。

世界で魚の養殖需要が高まるにつれて、魚粉の国際価格は年々上がり続けています。一方で、日本で使われる魚粉はその半分を海外からの輸入に頼っているため、養殖業者の利益を圧迫している状態です。おいしい魚を育てるためには質の良いエサが必要であり、日本は他国に比べて養殖の質を大事にしていて、業界として、おいしい魚を作るために餌にもこだわってきました。それが今では、仕方なく質が低く安い飼料を使っているところも少なくありません。

こうした課題を解決できないかと、海外の飼料について調べたところ、「昆虫飼料は生産コストが魚粉の2倍だが、品質的には全く劣らず、機能性もある」というレポートを発見しました。実際にレポートを書いた方に話を聞き、そのレポートに書かれていた昆虫飼料の製造会社は北米やヨーロッパの寒い地域にあったため、熱源コストが生産コストの半分を占めていることが分かったのです。熱源コストがボトルネックであるならば、温暖な九州地方で作ればクリアできる。加えて、飼料を取り扱う商社からも、魚粉価格の高騰に頭を悩ませているという声が聞こえてくる――。消費者と供給者のどちらも「困っている」と分かったことで、自分のなかで全てが繋がりました。そこで、長崎大学の服部充先生や小林透先生などにご協力いただきながら、2022年11月に株式会社Booonを起ち上げ、この事業を始めました。

当初はアメリカミズアブという昆虫を使う予定だったが、理学博士の服部充准教授(右)のアドバイスでミルワームに変更したという

未来を担うサーモンがついにお披露目

現在は、長崎大学から出ている廃棄弁当でミルワームを育て、そのミルワームで養殖したサーモンを、実際に長崎大学の生協で提供するというプログラムを進めています。サーモンは川魚の一種です。自然界のサーモンは昆虫を食べているため、魚粉より自然に近い形で育てられます。さらに、既存飼料のような加熱処理をした動物性タンパクより鮮度が高く、魚の成長につながるのでは、と非常に期待されています。実は、ちょうど今日(取材当日)がこのプログラムで育てたサーモンを試食する日でした。これまでの様々な活動がようやく一つにつながってきたと実感していますし、本当にワクワクしています。僕らが描いていた未来に近い光景が、実際に目の前に広がっているのを見たとき、目指しているのは「これだ」と感動しました。

今後は安定的な生産を目指して、2027年までに年間生産量1000トン~5000トンの大規模な生産プラントを作る予定です。将来的には海外にも製造拠点を設け、上場の形で外部資金も入れながら、我々の事業を準公的なサービスにまで昇華させることを目指しています。

栄養価の高いミルワームの飼料で育てたサーモンは、「脂が乗ってリッチな味」(橋爪さん)

長崎大学でアントレプレナーシップを醸成

はじめてアントレプレナーシップ教育を受けたのは、大学1年生の秋からです。通常の授業だけでは物足りなくなってしまい、経済学部のPBL(課題解決型学習)ゼミに参加しました。2年生の秋からは、長崎大学の先生が設立した長崎ブレークスルーというNPOに所属し、“軒先ベンチャー”というプログラムに参加しました。それがきっかけで、自分で事業を起こしたこともありました。

私が受けたプログラムに共通するのは、「アントレプレナーシップ教育は、自分が勝負すべきフィールドを自力で見つけるためにある」という考え方です。そのための訓練として、「PBLゼミ」では、地域の商店街という与えられたフィールドの中で企画を考え、「軒先ベンチャー」では地域の企業というフィールドのなかで、その企業が持っているリソースを借りて新たな事業を作るという経験をしました。

私が在学中に学んだこれらのプログラムは、中小企業の事業創出や地方創生といったローカルな分野が中心でしたが、卒業後は、長崎大学のFFGアントレプレナーシップセンターの職員として働きながらアントレプレナーシップ教育を学び直し、「日本全国の市場、世界市場と視野を広げたときに、自分が勝負すべきフィールドはどこなのだろう」と、擦り切れるまで考え抜きました。事業を作るうえで、そのサービスは最終的に誰に何を届けるのか。マーケットから逆算して作っていくようなビジネスモデルを、そのときはじめてインプットしました。その結果、これまで経営に触れてきた実体験と知識が結びつき、「自分でも意外とやれるかもしれない」という道筋が見えてきた。重い腰を上げて、やってみようとその気にさせてくれたのがアントレプレナーシップ教育でした。

これまで自分が成長できたのは、関わってくれた社会人や経営者の方々が、同じ目線で向き合ってくれたからだと思っています。人は経験を積むにつれて、難しそうなことに対しては、「やっぱりそれはちょっと違うのでは」と思いながらアドバイスしがちですよね。私の場合はそれがなかったです。皆さん「やればいいじゃん」と背中を押してくれた。もちろん、「そのやり方は難しいかも」といった指摘はもらいましたが、頭ごなしに否定はされなかった。そういう意味で、周囲の方々に恵まれていました。

一方で、印象的な指摘を受けたこともありました。アントレプレナーシップ教育を受ける傍ら、地域の企業とインターン生を結ぶ事業をしていた際、営業先の方から「いま営業に来ているのだよね。自分の理想を語りに来ているわけではないよね」と苦言を呈されたのです。私は自分の思いだけを一方的に伝えていて、相手が困っていること、つまりニーズを聞けていなかった。もともと、高校時代にディベート部に所属していたこともあり、自分から主張するというコミュニケーションに慣れていました。しかし、この経験をきっかけに考えを改め、なるべくお客さんの課題を聞いて、それに対する答えを見つける営業スタイルに変えました。たとえ飲み会の席でずっと同じ話を聞くことになっても、じっくりと話に耳を傾けるように心がけました。その結果、新しい発見をしたり、一緒に仕事をしていく上での良い関係が作れたりと、“聞く姿勢”を持つようになったことで、得られたものは多かったと感じています。

経験に勝るものなし。興味があれば積極的に飛び込もう

大学時代に文部科学省の「トビタテ!留学JAPAN」を活用し、奨学生としてシンガポールに留学した際、他の奨学生が夢に向かってまっすぐに生きている姿を見て、すごくうらやましかった記憶があります。自分にもやりたいことはあったつもりだったけれど、本当に心からやりたいと思えるものではありませんでした。今でこそ、やりたい事業に熱中できているけれど、それはいろいろな回り道をしてきた結果。だから、とにかく何でもやり切ることが大事です。部活もそうだと思うのですが、何かをやり切る経験が自信につながる。自分のアイデンティティは、やり切った上での自信や挫折からしか得られないと思います。

学生のうちはいくらでも失敗できます。基本的にやって損することはありません。面白そうだなと思った世界には自分から積極的に飛び込むべきです。貴重な10代・20代を無駄にしないためには、いかに自分がやりたいことをできる環境に出会うか。そういう機会を大切にしてほしいですね。目的意識があれば、アルバイトからも学びを得ることがあるはずです。

私自身は学生時代に起業を経験しましたが、起業のタイミングはいつでもいいと思っています。ただ、学生のころに起業を経験していると、たとえ就職したとしても経営者目線で社会人経験が積めるので、結果的に自分の最適なタイミングで行動を起こせます。もし将来、起業したいと考えているなら、起業しないまま学生時代を終えてしまうのはもったいないです。起業のやり方を知っていれば、いつでもできるようになるわけですから。

ただ、はじめはどのようなビジネスをやればいいか分からないと思います。ビジネスの気づきを得るきっかけとして、ご両親など身内の方の事業に対する改善案について、考えてみることをお勧めします。気軽に壁打ちができる相手が近くにいることで、ビジネスの手触り感を得られるでしょう。私の場合は両親が教育に関する仕事をやっていました。私は教育サービスの受給側でしたが、供給側である両親はどういう目線で見ているのかなど、実際に学びを得る機会は多かったです。結果的に、教育をビジネスにする難しさや、義務教育のすばらしさにあらためて気づかされました。経験者のフィードバックをもらえる機会はとても貴重です。皆さんもぜひやってみてください。