2023年12月23日(土)、24日(日)の2日間にわたって、東京都内にあるDeloitte Tohmatsu Innovation Parkで全国アントレプレナーシップ人材育成プログラムが開催されました。このプログラムには全国各地から約150人の大学生、大学院生、高等専門学校生、高校生が参加。東京大学FoundX ディレクター・馬田隆明先生による、ビジネスにおける起業をテーマにした実践的なワークショップを受講し、新しいことを始める際に役立つ基本スキルや行動法(仮説検証、顧客インタビュー、プロトタイプ開発、セールスなど)を学びました。
また同時に、全国からアントレ教育を実践している教職員の方々やアントレ教育に関心のある民間企業・団体の方々にもお集まりいただき、東京大学FoundXプログラムマネジャーの冨田佳奈先生による講義や授業参観を実施。自身の教育機関で本プログラムを提供するためのアプローチ方法やノウハウを学ばれました。
プログラム初日は、馬田先生の講義を受けながら、参加者たちがグループワーク形式で事業化アイデアをチーム内で検討・決定し、実際にセールスまで行うプロセスを経験しました。プログラムではQ&Aセッションや投票機能を備えたプラットフォーム「Slido.com」を活用し、受講生からの意見や質問をリアルタイムで取り入れる形で進行しました。本レポートでは初日の模様をお伝えします。
【受講生へのメッセージ】
文部科学省・学術政策局 産業連携・地域振興課
植坂若奈様
植坂様から、本プログラムに参加する学生の皆さんへメッセージが送られました。「チャレンジした経験というのはその後、生きているんだと日々感じている」とご自身の学生時代の経験を踏まえつつ、「このプログラムを通して、今後の人生において取り組みたいことが発見できたらうれしい」と、受講生の方々への思いを語っていただきました。
【プログラム】
東京大学FoundX ディレクター
馬田隆明先生
プログラムの冒頭で、馬田先生からアントレプレナーの定義や本プログラムの目的についてご説明いただきました。
<講義内容抜粋>
アントレプレナーとは
一般的に「アントレプレナー」とは、起業家と言われることが多いです。しかし、起業について広辞苑では「新しく事業を起こすこと」と定義されています。この定義から考えると、起業とは必ずしも新しい会社を設立することに限定されるわけではありません。既存の事業の中で新しい事業を立ち上げることも起業に含まれますし、公務員が官庁で新しい事業を始めることも、ある意味で起業と言えるでしょう。近年では企業内起業家(イントレプレナー)、NPOを立ち上げて社会の課題を解決する起業家、政策起業家、市民起業家、地域起業家といった多様な形態が存在するように、様々な領域で広い意味での「起業」する人が求められています。
2日間のプログラムで身につけてほしいこと
本授業の目的は、アントレプレナーシップを身に付けることです。アントレプレナーシップは、リーダーシップと同様、ある種の性質を指します。これには精神性や、スキル、知識などが含まれます。私たちが皆さんに望んでいるのは、これらを総合的に身につけることです。アントレプレナーシップは、社長であろうと従業員であろうと、または一般市民であろうと、新しいことに取り組む際や事業を起こす際に必要な能力や資質です。この2日間のプログラムでは、皆さんにアントレプレナーシップの一部を体験していただき、それを身につけることを目指しています。
アントレプレナーシップを構成する3つの資質・能力
アントレプレナーシップに関しては、多くの定義が存在しますが、一般的には「機会」、「資源」、「行動」の3つが重要な資質・能力とされています。「機会」とはアイデアのことであり、「資源」とは人材、物資、資金などを調達・活用する能力を指します。そして「行動」とは、主体的に行動を起こすことです。今回は特に「行動」に重点を置きたいと考えています。アイデアの重要性や資源の調達も大切ですが、この2日間では皆さんに、何かを始めるときの最初のステップや、行動の方法、必要な知識といった行動の型を、実践を通して学んでいただきたいと思います。具体的には、起業初期の行動を2日間で擬似的に体験します。この擬似体験は、将来何か新しいアイデアや計画を思いついた時に必ず役立つことでしょう。
コルブの経験学習を実践
本プログラムでは、コルブという著名な教育者が唱えた「経験学習モデル」を実践していきます。「具体的経験、内省的観察(反省)、抽象的概念化、能動的実験」、これらのサイクルを回して学び続けることが、経験を通した学習です。
今回のプログラムでは、行動して経験し、反省し学習することが重要です。皆さんには積極的に行動していただきたいと思います。ただし、行動するだけでは学びは限られてしまいます。行動の結果や、行動中に気づいたことを、メタ認知的に、つまり少し客観的に見つめ直すことが大切です。自分の行動がどのような経験や学びをもたらしているのかを振り返りながら進めていただければと思います。学びが多ければ、たとえ失敗しても問題ありません。
また、「Ask(尋ねる)」する力も重要です。多くの起業家は、事業を始める際には限られた資源しか持っていません。大きな成果を上げようとするとき、他人の協力を求めたり、誰かに話を聞きに行ったりすることが必要です。アントレプレナーシップにおいて、「Ask」することは有効な行動の一つです。行動する際には、この「Ask」を躊躇せずに行ってください。
単に人が集まるだけの『グループ』から、特定の目的に向けて協力し合う『チーム』へと発展させるために、3~5人のグループを編成し、自己紹介の時間を設けました。各参加者は、用意された用紙に自分の名前、学校名、専攻、学年、趣味、好きなアントレプレナー、そして一言コメントを記入し、グループ内で自己紹介を行いました。その後、チームメンバー同士の「Ask」する力を養うために、グループ内で共通点を「聞き出し」ました。最初は緊張していた様子だった学生の皆さんも、共通点を発見するごとに笑顔が増え、徐々にリラックスした雰囲気になっていきました。
ビジネスにおいて、どのような事業アイデアが良いとされるのか、また、価値を生むアイデアとは具体的にどのようなものなのかについて、ご講義いただきました。
<講義内容抜粋>
アイデアの価値を決める「課題」と「解決策」
アイデアとは、具体的に何を指すのでしょうか。ビジネスにおいては、アイデアは価値を生み出す要素として重要視されます。では、その「価値」とは何か。これは少し抽象的ですが、基本的には「課題」と「解決策」の組み合わせによって成り立っています。
ビジネスや社会の中ではさまざまな課題が存在します。それに対する解決策として、製品やサービス、ビジネスモデルが提供されます。例えば、「お腹が空いた」という課題に対する「食べ物」という解決策、さらに「美味しい食べ物」というより具体的な解決策があります。課題と解決策がうまくフィットすると、課題が解決され、その分だけ価値が生まれます。スタートアップ業界では、これを「プロブレム・ソリューション・フィット」と呼んでいます。
価値を生み出すためには、この課題と解決策のフィットが重要です。課題を大きく解決すればするほど、大きな価値が生まれます。フィットした部分が大きければ、それに比例して課題解決の範囲も広がり、それに応じて大きな価値が生じ、最終的には金銭的な報酬や利益として現れます。したがって、ビジネスにおいては、課題と解決策を効果的に組み合わせ、どれだけ大きな価値を生み出せるかが基本となります。
課題をどれくらい解決できるか
ビジネスにおいて、特に重要なのは課題の選定です。価値は、課題がどの程度解決されたかによって変わります。例えば、速く移動したいという課題がある場合、時速5キロしか出ない乗り物では、課題の一部しか解決できません。そのため、価値は低いと言えます。逆に、同じ課題に対して、課題の大部分を解決できる製品やサービスがあれば、より多くの価値が生まれ、それに応じた報酬が得られることになります。
一方、小さな課題に対して過剰な解決策を提供しても、生じる価値はそれほど大きくはありません。例えば、「お昼ご飯を一緒に食べる友達を探す」という小規模な課題がある場合を考えてみましょう。この課題に対し、ドラえもんのような高度なロボットを作って同伴させるような解決策があったとしても、その開発コストが100億円にもなるとしたらどうでしょうか。実際のところ、そのようなサービスに私たちが支払う金額はせいぜい500円程度か、それすら高いと感じるかもしれません。したがって、500円の課題に対して100億円をかけて開発された解決策は、現実的にはほとんど売れないでしょう。
価値の原点は課題にある
課題の選定はビジネスにおいて極めて重要です。適切に課題を選ぶことができなければ、価値ある解決策を生み出すことは難しいでしょう。一方で、あまりにも大きな課題は、解決の範囲が狭くなる傾向があります。そのため、実際に解決可能で、かつ合理的なコストで解決できる課題を見極めることが、最初の段階で重要になります。
いずれにしても、課題の大きさは、生み出される価値の上限を決定します。このことはアイデアを考える際に非常に重要なポイントです。大きな課題を解決することが、大きな価値を生み出す起点となります。良い解決策を提供することも重要ですが、根本的には課題自体が価値の原点となります。ですので、まずは課題の大きさを考えてみましょう。また、課題が存在しない場所には価値は生まれません。
講義でアイデアについて学んだ後、プログラム初日の最終セッションとして「セールス」を行う準備のため、グループワークでアイデアの選定が行われました。
受講生たちは、既存のサービスの中から一つを選択し、選んだサービスの「何かの性能」を10倍に高める改良を加えて、現行サービスより売上を増やすためのアイデアをチームで考えるという課題を与えられました。馬田先生は、新しい製品のアイデアを考案する際に、市場規模の調査、未解決の課題の特定、周囲に顧客インタビューが可能な対象者がいるかどうかの3つの観点を重視することを強調されました。
お昼の休憩を挟んで、午後のプログラムが始まりました。最初に「仮説と仮説検証」について馬田先生の講義が行われました。
<講義内容抜粋>
仮説と仮説検証の定義
仮説とは、一時的に立てられた説や仮の答えを指します。ビジネスにおける仮説は、通常「こうすればビジネスが進展する」「売上が上がる」「プロジェクトが前進する」といった仮の解決策を意味します。「こうではないか」「こうあるべきだ」という意見は、すべて仮説として扱われます。
これまで皆さんが考えてきた課題と解決策は、基本的に仮説としての性質を持っています。既に稼働しているビジネスでは、これらの課題と解決策がある程度明確ですが、新規事業では、提案された課題と解決策が正しいかどうかは分からないのが通常です。実際には多くの場合、これらの仮説が間違っていることが多いため、提案されたアイデアを検証する必要があります。もし課題と解決策の仮説が間違っていれば、価値は全く生まれません。これが真実かどうかを検証することは、起業の初期フェーズにおける重要な行動です。間違ったアイデアに基づいて、例えば性能を10倍に高めたアプリを開発しても、誰もそれを購入しないため、時間とお金が無駄になってしまいます。ですから、大きな投資を行う前に、自分たちの仮説が正しいかどうかを検証することが、無駄な投資を避ける鍵となります。
このために、顧客の課題に関する仮説を検証することが非常に重要です。皆さんは、自分たちの基本的なアイデアに基づき、最も不満を感じる課題に対する「性能を10倍にする」という解決策を考案しているはずです。そこで、皆さんにはその解決策を改めて検証することをお勧めします。
仮説検証の失敗とは
仮説検証の失敗とは具体的に何を意味するのかについてお話ししたいと思います。仮説検証が失敗したとは、単に自分たちのアイデアや仮説が正しくなかったことを意味するのではありません。真の仮説検証の失敗は、検証の結果から何も学びが得られなかった場合です。たとえば、エジソンが電球の実験で失敗した場合、その特定の仮説は間違っていたかもしれませんが、次に試すべきことを学ぶことができれば、その仮説検証は失敗ではありません。重要なのは、仮説検証から得られる学びの量です。学びが多ければ、その仮説検証はかけたコストに見合った価値があると言えます。
そして、検証を通じて自分たちのアイデアや仮説が間違っていると気付き、それを捨てることも、ある意味での成功です。仮説検証の過程で重要なのは、仮説が正しいかどうかではなく、間違っていた場合にそれから何を学び、どのように変更を加えることができるかです。正しい答えに近づくためのステップとして仮説検証を捉え、大きな学びを得ることを目指してください。
仮説の正しい検証方法
これまで抽象度の高い議論をしてきましたが、次に考えるべきは「どうやって検証するか」という問題です。自分たちのアイデアが正しいかを計算や思考によって判断する方法もありますが、これは比較的稀なケースです。私たちが考える仮説、特に課題に関しては、実際に顧客に聞かなければ真の答えは得られません。机上の空論ではなく、実際に顧客の声を聞き、彼らが求めているものを理解することが大切です。これが、特に起業の初期段階において重要なプロセスです。例えば、私がサポートしたあるスタートアップでは、ロボット開発チームが建築業界の人々の話を直接聞くために現場に飛び込み、2ヶ月間働きながら課題を発見しました。
仮説と仮説検証の講義に続いて、「顧客インタビュー」についても講義が行われました。
<講義内容抜粋>
顧客インタビューの重要性
皆さんが「性能を10倍にする」という仮説を立てたら、顧客のところへ直接行って意見を聞いてみることをお勧めします。これが「顧客インタビュー」です。顧客インタビューを通して、皆さんのアイデアが正しいかどうかを検証し、そこから得られた学びをもとにアイデアを磨き上げることが、今回の仮説検証の目的です。
顧客インタビューは、仮説検証において、また仮説がない場合の探索においても、非常に有効な手段です。良い製品を開発し市場に投入することも仮説検証の一つの方法ですが、それには多大なコストがかかります。一方で、顧客インタビューでは1時間程度で、自分たちのアイデアの妥当性や方向性を確かめることができます。製品を完全に作り上げるのに1年かかるかもしれないのに対し、顧客インタビューは迅速です。
この顧客インタビューは、自分たちの考えを深めたり、新しい発見をするための情報収集の手段として捉えてください。顧客に答えを求めに行くのではなく、考えるためのヒントを得るのがインタビューの目的です。インタビューを通じて新たな気づきを得たり、仮説が正しいかを確かめてみてください。インタビュー技術を磨くことで、初期の起業プロセスを効率的かつ効果的に進めることができます。
アンケートがそぐわない理由
アンケート調査の有効性についてよく議論されます。多くの人々からデータを集めることができるため、アンケートが正確な結果をもたらすと考えることもあるでしょう。確かに、特定の状況、特に大企業が既に多くのユーザーを持ち、方向性や課題の解決策が明確な場合には、アンケートで顧客満足度を測定することが有効です。しかし、新しい気づきを得たり、新しい製品やサービスを開発したりする際、特に新規事業では、アンケートは必ずしも最適な方法ではありません。なぜなら、新しい事業では顧客がまだ存在しないため、アンケートでは有意義な答えが得られにくいのです。
スティーブ・ジョブスは次のように述べています。「顧客が将来何を望むかを、顧客自身よりも早く理解するのが我々の仕事です。人々は実際に“それ”を見るまで、“それ”が欲しいかどうかを知らないものです。だから私は市場調査に頼りません。我々の仕事は、まだ歴史のページに書かれていないことを読み取ることなのです」。これは、新規事業における顧客インタビューの重要性を物語っています。
素材としてのファクト(事実)を集める
顧客が言ったこと、どのような行動をしたかは“事実”(ファクト)です。インタビューで得られるのは事実です。皆さんの役割は、その事実を素材として利用し、自身の洞察や意見に結びつけることです。事実と洞察は異なるものであると認識し、インタビューで集めた事実をもとに、独自の洞察や意見を形成しましょう。洞察を得るためには、良い事実が必要です。事実の収集が非常に重要ですので、インタビューではまずはファクトをつかむことに集中しましょう。
インタビューでは「聞く」ことが大切です。相手の情報を知るためには、約8割を聞き、2割程度で話すことが大事です。効果的な質問をして、相手に話をさせる技術を身につけてください。顧客インタビューは、自分たちのアイデアを説得する場ではなく、相手の事実や意見を知るための場です。
顧客インタビューに関する講義の後、実際にインタビューの練習を行いました。この練習で推奨された手法は「半構造化インタビュー」です。この手法では、事前に大まかな質問を準備し、インタビューの進行状況に応じて質問内容を柔軟に変更します。練習では、以下のようなテンプレートが使用されました。
1.今現在○○(製品が解決する課題)をどうやって行っていますか?
2.最後にあなたがその○○に直面したタイミングと状況のことを教えてください。
3.○○を解決するためにしたことがあれば教えてください。
4.これまで試した解決策(ソリューションや製品)のなかで、気に入らなかった点は何ですか?
5.もしドラえもんがここにいて、秘密道具で何でもできるとしたら、その○○に対してどんなことをしてほしいですか? 漫画やアニメに出てきていない道具でも結構です。
6.他に私が知っておくべきことはありますか?
インタビュー練習の後、参加者たちによる振り返りが行われました。この際、「slido.com」を通じて寄せられたアンケートで、以下のような気づきが共有されました。
「質問の内容によっては答えづらい」
「そもそもどうやって質問しようかを考えるのが大変」
「目的を意識しないと話が逸れる」
「深掘りが思った以上に難しい」
「課題が明確でないとインタビューできない」
「抽象的すぎるとインサイトが見えづらいから具体例を引き出すほうがいい」
など。
練習と振り返りのセッションを終えた後、参加者たちは実際のインタビューに着手しました。まず、インタビュー対象者を事前にリストアップすることで準備を行いました。その後、チーム内で設定した目標に基づいてインタビューを行う人数を決定しました。
この計画に従って各参加者は実際にインタビューを実施し、実践的な経験を積みました。
インタビューの実践は約1時間半にわたり、他チームの学生や運営スタッフに話を聞いたり、知人に電話をかけたり、さらには会場を飛び出し街の人に話を聞くなど、各自が自分なりの方法で熱心に取り組みました。
インタビューの時間が終わると、参加者たちはチームに戻り、インタビューを通じて得た学びを共有しました。「slido.com」を通じて寄せられたアンケートでは、様々な気づきが共有されました。
「アプリが必要ないかも」
「1日4食も食べる人がいる」
「仮説以外の課題や要望がたくさんあった」
「冷凍食品は冷凍庫を圧迫する」
「英語に対する目標は人それぞれ」
「アプリを使う人が少ない」
「学生の冷凍食品に対する需要の低さ」
など。
チームでインタビューの結果を共有した後、それらの結果をもとにアイデアを継続するか(Go)、継続しないか(No-Go)の判断を行う「Go/No-Go」が行われました。Go/No-Goについて馬田先生は「ビジネスでは多くのアイデアが生み出されますが、実際に実行に移せるのはそのうちのごく少数です。特に多くのスタートアップは、初期段階でのアイデアに対してNo-Goの判断を下すことが多い。Go/No-Goの主な判断基準は、自分たちで売れるかどうかです」と説明しました。学生たちは活発な議論を交わし、様々な意見を出し合いながらGo/No-Goの決断を下していました。
課題解決のアイデアが本当に正しいかどうかを理解するために、あるいはそれを検証するために作るものがMVP(Minimum Viable Product、、実用最小限の製品)と呼ばれています。馬田先生は、「dinii」という学生発ベンチャーの事例を挙げて、MVPについて説明しました。講義の後は、実際に自分たちでMVPを考えるグループワークが行われました。
<講義内容抜粋>
MVPはなぜ必要なのか
これまで皆さんに課題があるかどうかとか、どこに課題があるかというところを中心にインタビューしていただきました。一方で、課題が仮説であるように、解決策が本当に適切かどうかを検証することが重要です。解決策の提案も、確証なしに検証せずに進めてしまうと、無駄に終わる可能性があります。そのため、解決策に対しても仮説検証が必要です。解決策は製品、すなわちプロダクトと等しいと考えられます。自らの考える完璧な製品が実際に正しいかどうかを理解するためには、MVPを作ることが有効です。MVPは、特に解決策に関する仮説を検証するために作られるものであり、完璧な製品ではなく、学びを得るための最小限の製品です。次に、この考え方に基づいた具体的な事例を紹介したいと思います。
5億円を調達したDiniiのMVP
2018年頃、「dinii」という学生のチームが活動していました。彼らは「忙しいビジネスパーソンのための、事前注文&事前決済でランチの待ち時間がゼロになるアプリ」を開発していました。アプリの開発にあたり、彼らはまずアプリの外側だけを作りました。さらに、“予約機能っぽい”ものを実装しましたが、これは一般的な予約機能のようにデータベースに情報を格納するのではなく、スラックを通じてスタッフに通知するシステムでした。予約が入ると、スタッフが手動で店に連絡し、注文を伝える仕組みです。このシンプルなアプローチにより、店側はアプリの導入や操作学習の必要がなく、通常のオペレーションで対応できました。彼らがこのアプリをリリースした結果、自分たちのサービスが本当に引き合いがあるということが分かり、アプリ開発からわずか24日後にエンジェル投資を受けることに成功。約5億円の資金調達を行った学生発ベンチャーとなりました。
お勧めはコンシェルジュ型MVP
MVPを作る際には、「コンシェルジュ型MVP」と呼ばれるアプローチを特にお勧めします。これは、課題と解決策の有効性を検証するのに最適な方法です。例えば、先ほど述べた「dinii」のケースでは、アプリの外観はありましたが、実際にはコンシェルジュ型のアプローチが採用されており、人間が業務を行っていました。「コンシェルジュ」とは執事を意味し、この場合、人間が直接サービスを提供していたことを指します。
ここまでのプログラムでは、課題の検証と、その解決策としてのMVPの作成に取り組んできました。プログラム初日の最後のステップはセールスです。馬田先生からセールスの重要性に関する講義を受けました。
<講義内容抜粋>
なぜセールスが必要なのか
起業の初期フェーズでは、アイデアの発想から課題の検証、解決策となる製品の作成、そしてその製品を市場に売り出すという一連のプロセスを繰り返します。もし製品が売れなければ、再びアイデアを見直す必要があります。こうしたサイクルが起業の初期段階を形作ります。セールスはビジネスを進める上で非常に重要な要素です。作ったものを人々に採用してもらう、あるいは購入してもらうことは、どの分野においても重要です。
セールスを開始する前に、まずセールスがなぜ重要なのかについてお話ししましょう。多くの人は、優れた製品を提供すれば自然と売れると考えがちですが、現実はそうではありません。たとえ有名な企業や革新的な科学者のアイデアでも、最初は積極的に営業活動を行わなければ売れません。例えば、今は数兆円規模の企業に成長したセールスフォースも、初期段階では地道にセールスを行っていました。彼らは、顧客管理ツールを売るために、知らない人にメールを送るコールドメールや、電話をかけるコールドコールといった手法を使っていました。
日本のスタートアップである「Sansan」も、創業者が直接会社を訪れて「自分が名刺をスキャンします」と提案し、サービスを宣伝していました。私が働いていた会社にも、創業者自身が訪問してきました。今では数千億円規模の企業になっている「Sansan」は、このような活動を10年前に行っていました。
また、B2Cアプリケーションである「Nextdoor」は、「Facebook」のような近隣住民同士の交流を促進するSNSサービスですが、彼らも広告やマーケティングだけに頼らず、一軒一軒を訪問し、「このアプリをインストールしてください」と依頼していました。
大企業となった「セールスフォース」や「Nextdoor」のようなB2C向けの消費者アプリを作る企業も、最初は熱心に営業努力をしていました。製品が自動的に売れることはほとんどなく、積極的に売らなければ基本的に製品は市場に受け入れられません。たとえ優れた製品を作ったとしても、情報の海に紛れて誰も気付かないことが多く、そのために製品は購入されません。
例えば「Google」や「Microsoft」のような大企業でも、セールスの人員が多く高給を得ています。これは、営業の存在が製品を売るために不可欠であることを意味しています。特に起業する人は、自分自身で積極的に製品を売りに行く必要があります。自分が売らなければ他の誰も売ってくれないのです。
マーケティングや広告、SNSを使った販促方法を考えるかもしれませんが、それだけでは成功することは難しく、顧客の生の声や重要なフィードバックを見逃すことになりかねません。お客様からの直接的な否定やフィードバックがないために、問題の存在に気付かないこともあります。したがって、何か新しいアイデアを思いつき、それを形にしたら、自らセールスを行うことが非常に重要です。
Askすることで学びを得る
セールスとは、基本的に「Ask」をする活動です。これは、製品を売りたい、あるいは買ってほしいという要望を伝えることであり、同時にお客様の話を聞くことでもあります。セールスは売上を上げるための活動であると同時に、お客様との対話を通じて学びを得る方法でもあります。
実際に、売上を目指してセールスを行う過程で、多くのことを学べます。例えば、単にインタビューをお願いするだけでは、お客様から好意的な意見を得られるかもしれませんが、実際に「この製品を購入してください」と依頼すると、お客様からの直接的な意見や反応を得られます。「この価格では買えない」「そんなに欲しくない」といった生の声が、製品の真の価値を明らかにします。
スタートアップや起業において、セールスは「売上を上げる活動」と「学びを得る活動」の両方を含みます。特に初期段階での学びは非常に重要であり、製品が完全に完成していない段階でも積極的に売りに出ることで、貴重な学びが得られます。「このような製品があれば購入しますか?」という問いもセールスの一環であり、これを通じてアイデアの有効性を検証することができます。
セールス活動を行うことで、顧客のニーズを深く理解できるだけでなく、製品改善のためのフィードバックも得られます。さらに、効果的な販売方法のヒントも自然と蓄積されていきます。例えば、「この方法で伝えるとメッセージが顧客に刺さる」といった気付きが得られます。セールスは多くのメリットをもたらし、成功すれば売上も得られる素晴らしい活動です。セールスは様々な利点がありますので、他人に任せず自分たちで行うべきです。そうしないと、学びの機会が減少してしまいます。また、セールスをマスターし、それを楽しむことができれば、それ自体があなたの差別化要素となることもあります。
実際にお金を払ってくれるかで検証する
アイデアの検証においても、セールスは重要な役割を果たします。特に、顧客に実際にお金を支払ってもらうことがセールスの鍵です。これにより、顧客の真剣度が明らかになります。インタビューでは十分なフィードバックを得ることが難しいと先に話しましたが、Y Combinatorというスタートアップ育成機関によると、口約束で製品を「買う」と言っても、実際に購入する人は0から10%程度だと言われています。
製品を実際に購入してもらうことで、その仮説がどの程度検証されたかを測ることができます。顧客が想定以上の金額を支払った場合、あるいはお金を支払った場合、仮説が正しい可能性が高まります。ただし、単に「買う約束」をしてもらっただけでは、その仮説はまだ十分に検証されていないと言えます。100人や1000人が欲しいと言っても、実際に購入するのはごく少数かもしれません。
実際にお金を支払ってくれる約束を書面で得たり、契約を交わしたり、実際にお金を受け取ったりすることで、初めてアイデアが本当に良いものかどうかが明らかになります。
講義でセールスについて学んだ後、実際に「セールス」を行う準備として、セールス&ソリューション検証インタビュー用質問シートへの記入が行われました。
・ソリューションのアウトカムについて、どのあたりに満足していただけましたか?
・我々のソリューションに切り替えたいと思いますか? その理由は?
・このソリューションを導入するとしたら、どのようなリスクや不安がありますか?
・このソリューションを導入するとしたら、どのようなプロセスが発生しますか?
・ソリューションにいくら払ってくれますか? 現在のプロトタイプに○○円(あなたが想定している金額)を払うことを、口頭ではなく書面やメールで約束いただけますか?
・他に私が知っておくべきことはありますか?
チーム内でセールスの練習と振り返りのセッションを終えた後、馬田先生から宿題が出されました。その宿題は、翌日の講義までに実際にセールスを行い、その結果を報告することでした。参加者たちはチームで行動計画を立て、プログラム終了後には早速、会場の至るところでセールス活動に取り組む姿が見受けられました。
文部科学省が推進するアントレプレナーシップ教育に関する紹介が事務局のスタッフから行われました。加えて、全国アントレプレナーシップ人材育成プログラムのロゴに使用されている木のイラストに込められた意味についての説明もありました。この日のプログラムは、2日目に向けた連絡事項の共有をもって終了しました。
以上。
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