自分が自分でいられるために。
視覚障がい者の課題解決に取り組む大学生
自分が自分でいられるために。
視覚障がい者の課題解決に取り組む大学生
小汲唯奈さんは桜美林大学に通う大学2年生です。視覚障がいを抱える自身の経験から、視覚障がいに関する社会課題の解決に取組む学生団体『Braillies』(ブレイリーず)を起ち上げ、全国の仲間とともに活動しています。忙しいキャンパスライフを送るなか、他にも全国アントレプレナーシップ人材育成プログラムへの参加や、アメリカ留学など、精力的に活動する小汲さんに、Brailliesの取組や将来の目標について伺いました。
小学生のころから視力に違和感があり、4年生のときに国の指定難病である網膜色素変性症と診断されました。当時は病名を知らされておらず、「みんなもこういう見え方なのかな」と思っていました。病名を知ったのは中学3年生のときでした。そのときは特に驚きはなく、むしろ、それまで感じていた小さな違和感が腑に落ちたという意識でした。ただし、病気を受け入れなければならない現実に、将来への恐怖感やショックを少なからず感じたのも事実です。それでも、性格的に楽観的な部分があったのだと思います。将来への不安は確かにありましたが、その事実は変えられない以上、くよくよしても仕方がないと考えていました。同じ時間を過ごすなら、むしろ自分が進みたい道を見据えて、今できることや学ぶべきことに目を向けるようにし、進路選択もそうした視点で行っていました。
高校から盲学校に進み、大学は留学生が多く国際色豊かな桜美林大学に進学しました。もともと、英語を通じて自分の知らない世界中の人と話してみたいという思いがあり、今まで学んできた英語をアウトプットしたかったんです。それに、実際に自分が留学できるプログラムが充実していたことも魅力でした。授業についていくのは大変ですが、とても充実しています。学びたいことを学べる環境にいられて、すごく幸せです。できる限り多くのことを吸収して卒業したいという気持ちが強いです。
Brailliesを結成したのは、高校2年生の夏でした。ちょうど私が盲学校で課題に直面していたとき、共感してくれた幼なじみの友人と二人で立ち上げました。というのも、高校1年生の冬から点字に移行したことで、勉強の手段が大幅に減ったと感じる瞬間が増えたんですね。例えば、以前は書店で参考書を探してすぐに勉強を始められましたが、点字となるとそう簡単にはいきません。点字書籍の種類は限られていて、勉強したい参考書があっても点訳してもらう必要があります。コストや時間がかかるため、やりたいときにすぐに勉強できないもどかしさを感じました。
また、大学受験を見据えて塾に通おうと思っても、今まで視覚障がいの生徒を受け入れた前例がないという理由で断られてしまいました。視覚障がいの有無でこれほど勉強のチャンスが限られるのか――。現実を目の当たりにし、悔しさと疑問を感じました。「このままでは次の世代も同じ壁に直面し、負の連鎖が続いてしまう。だからこそ、気づいた私がここでアクションを起こすべきだ」と思い、Brailliesの活動を始めました。
まず、こうした現実をより多くの人に知ってもらうことが重要だと思い、ビジネスコンテストに応募しました。そこで、視覚障がいのある人が学べる塾と、点字の初学者が点字を学べる塾というビジネスアイデアを発表しました。私自身、点字を勉強し始めてから学年末試験まで3カ月しかなく、精神的に追い詰められた経験がありました。試験の成績は志望している大学の推薦に大きく影響します。心身ともにタフな状況でした。その経験から、必要なときに点字を学べる場所を作りたいという思いが強まり、ビジネスアイデアとして提案しました。
その後も、他のビジネスコンテストに挑戦してアイデアをブラッシュアップしたり、講演や、点字の体験、白杖歩行の体験といったワークショップなど、視覚障がいに関する啓発活動を続けました。
現在は、私たちの活動に賛同してくれた仲間が全国から加わり、6人で活動しています。力を入れているのは、ロービジョンカフェのプロジェクトです。視覚障がいを身近に感じてもらうため、昨年、クラウドファンディングを実施し、視覚障がいを体験できるカフェを開きました。カフェなら視覚障がいに関心があるかどうかに関わらず、気軽に訪れてもらえるのではないか、という考えもありました。
ロービジョンカフェでは、まず視覚障がい者の見え方を体験できる眼鏡キットを装着していただきます。お客様にはその状態でメニューを見たり、注文したり、友人と会話を楽しんだりと、普段と変わらない日常を過ごしてもらいます。実は、視覚障がい者の見え方にもいろいろな種類があります。そうした見え方の違いも体験してもらうことで、いろいろな気づきが得られるという狙いがあります。確かに障がいに関する内容は重いですし、「楽しむ」という言葉は適切ではないかもしれませんが、学ぶときに楽しさを感じることは重要です。楽しさがきっかけとなり、そこから徐々に興味が湧いて、深く学んでいこうという気持ちになると考えています。
体験された方からは、「話に聞く以上にいろいろな面で不自由さを感じた」「誰かの声かけやサポートがあることで、不安が大きく解消されることがわかった」「今度、街で白杖を持っている人を見かけたら、ぜひ声をかけてみたいと思う」といった声をいただきました。後日、「この前、実際に街で目に障がいがある方のサポートをしました」というメッセージをいただいたこともあります。こうした小さな変化を感じられると、モチベーションが上がりますし、小さな動きが世の中を少しずつ良くしていると実感し、自分たちの活動に自信を持てるようになりました。体験したことは、その人にとって印象に残ります。何年後かに「あのときこういう体験をしたな」と思い出して、街中で白杖を見かけたときに声をかけてもらえる、それだけでも前進です。すぐに大きな成果を求めるのではなく、小さな変化をたくさん生むことが大事だと思い、活動を続けています。
Brailliesの活動を続けるなかで、「全国アントレプレナーシップ人材育成プログラム」の存在を知り、昨年末に参加しました。実際に起業の疑似体験をするというプログラムは、普段は磨けないスキルを学ぶことができて、とても有意義でした。それに、情熱を持った同世代の方々と実際に対面で話ができて、たくさんの刺激をもらいました。その場では自分もオープンに、同じ熱量でBrailliesのことを語れましたし、相手の話も同じ熱量で聞くことができました。これからも同じアントレプレナーの仲間として、互いにモチベーションを高め合うつながりが築けたのではないかと思います。
今まではBrailliesの活動に少し孤独を感じることもありました。「すごいね」と言われることが、逆に少し寂しく感じたこともあります。私は特別なことをしているわけではなく、ただやりたくてやっているだけなので、それを共有できる相手が少ないのは残念に思っていました。しかし、全国に目を向けてみると、ジャンルは違えど情熱を持って活動している仲間がいることに気づき、とても心強く感じました。そのおかげで、参加する前よりも自分たちの活動に自信が持てるようになりました。
今年の1月から5月まで、念願だったアメリカ留学を経験しました。留学中は、自分が自分でいられるような、自由な感覚がありました。実際、視覚に障がいがあることを忘れてしまうほど、リラックスして過ごせたんです。というのも、一緒に過ごしていた友達が、障がいに対して非常にフラットな態度で、一歩引いて身構えることもなく、「唯奈はそういうものを持っているんだね。困ったときはいつでも言ってね」というような、自然な関係を築いてくれたからです。
私はスポーツが好きで、特に球技が好きだったのですが、視覚に障がいがあるために、中学以来ずっと諦めていました。でも、アメリカでクラブに入る際、友達から「やりたいならやればいいじゃん。やり方は一緒に考えればいいし、できるかどうかより、まずやりたいかどうかが大事なんじゃない?」と言われて、ハッとしました。そのとき、自分で自分の選択肢を無意識に狭めていたことに気づきました。工夫次第で、どうやったら一緒に楽しめるかを考える視点があるかどうかで、できることも大きく変わってくると感じたのです。
アメリカでは、視覚に障がいがあることを気にせずに、やりたいことを声に出して挑戦するようになりました。その結果、自分にとって非常に充実した時間を過ごすことができ、大きく成長できたと実感しています。もし日本にいたままだったら、このような視点を持てていなかったかもしれません。留学に行って、本当に良かったです。
今後の目標として、Brailliesの活動においては、まずロービジョンカフェを全国ツアーで展開したいと考えています。また、新しくやりたいと思ったことや日常生活で疑問に感じたことに対して、その都度アクションを起こせるような、フレキシブルな団体にしていきたいです。個人の目標としては、現在、大学で日本語教師になるための勉強をしており、将来的には海外に拠点を置き、日本語学習者に日本語を教える仕事に就きたいと考えています。英語が好きなので、グローバルに活躍できる人になりたいと思っています。